屋上でそんな話を黙って聞いてくれた彼女に対し、語りかける。
空はまるでこのすっきりしない気持ちを映し出したかのようにどんよりとしていて、逆に居心地がよかった。
こんな迷惑な感傷を聞かされてきっと困っているんだろうな。
そんな沈黙に気づいて彼女を見てみれば、それは案外に穏やかな顔で僕を見ていて、なんだか安心をした。
彼女になら全てを話せるような気がして唐突に話し始めてしまったけれど、想像通りなんにも否定することなく聞いてくれたことは正直、嬉しかった。
「別にさ、乗り越えたわけじゃないんだよ、きっと。」
その彼女が、至極明るい声で、かといって不必要に取り繕っているわけではなく、まるで昨日のあの家族のように緩やかな笑顔で答えてくれた。
「だけどその人を思い出すとさ、きっと思わず笑顔になっちゃうくらい、それまでの日々が幸せだったんだんじゃないかな。」
それは少し、盲点だった。
確かに、大切な人のことを思い出す時、僕たちは笑顔になる。
だけどそれは決して寂しくないわけでも、悲しくないわけでもなくて、それもこれも全部、故人を偲んで心から表れた、本当の本音の愛情表現。
だからそれについて薄情だと非難することも、立派だと褒め称えることもしなくていい。
その感情ごと素直に受け入れればいいのだと、彼女は告げているようだった。
少しずつ、薄雲が晴れていくような気持ち。
すっかりと変わってしまった世界を、徐々に日常へと呼び戻してくれる予感に、じんわりとなにかが去来する。
そんな中で彼女が再び、僕に笑顔で言ったんだ。
「だからさ、泣けないからって悪いわけじゃないよ。ちゃんとその人との思い出を思い出すことができただけで、私は十分に気持ちが伝わってると思うな。」
あぁ、それはなんて優しい言葉だろうか。
そよ風のようにそっと頬を撫で、全身を柔らかく包み込んでくれるようなぬくもりを感じる。
そしてようやく僕は今、その人の死を、本当の意味で受け入れられたような気がした。
「ごめん、ちょっとだけ、甘えてもいいかな。」
今、どうしても、誰かにすがりたい。
返事を待たず、たった今この冷えた心にぬくもりを与えてくれた彼女のことを、壊れ物を扱うようにそっと抱き締めてみた。
人はこんなにもあたたかい。
そして思い出はこんなにも傍にいて、僕に笑顔を与えてくれる。
ありがとう、生きていてくれて、僕の心に残ってくれて。
あなたのことは、きっと忘れないでしょう。
どうか安らかに、眠ってください。
そんなことを思いながら、一筋の涙が頬を滑り落ちた。
僕の背中をそっと優しく包み込む体温が、氷を溶かしてくれたみたいだった。
いつかもう一度会えたのならば、ゆっくり思い出話をしましょう。
今日のこんな日のことも、笑い話に変えながら。
End
葬儀に参列して、なんとなく思ったこと。
人は一体どこに行くのでしょうね。