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おめでとうを、あなたに。
「8hours later」(金天)
元日の朝8時。
ぐっすりというよりぐったりと深い眠りに堕ちていた天羽菜美は、携帯電話の鳴る音で目が覚めた。
この年末は仕事が鬼のように忙しく、ようやく休みが取れた正月の朝から一体どこのどいつだと怪訝な顔をしながら電話に応答すれば、そこから実に軽快な声が飛び込んでくる。
「Buon anno!」
カチン、とするくらい陽気な声。
けれどそれでも眉間の皺を深くしなかったのは、それがこのところお互いに忙しく全く連絡ができなかった恋人からだったから。
「…おはよう、あ、あけましておめでとう。元気してた?」
すっきりしない意識の中でも、そこから聞こえる張りのある声は心地がよく、さっきまで眠っていたのを隠すかのように新年の挨拶を告げれば、酒に酔っているのかなんなのか、ずいぶん楽しそうな声が聞こえきて、こっちはついこの間まで連絡を取ることができないほどの忙しさに疲弊していたというのになんたる暇人だろうかと恨めしくも思ったのだけれど、それ以上に久しぶりに聞く彼の声が以前に比べてとにかく生き生きとしていたのでなんにも咎めることなんてできなくて、そのままその声に耳を傾けた。
「元気というかなんというか…こんなに充実した正月は久しぶりだな。お前さんも仕事、大変だったろ?おつかれさん。今日はゆっくり休めよ。」
こんな朝早くから電話してきておきながら矛盾している男だ、などと思いながらも天羽はその言葉に嬉くなって、昨晩は気がつけばこたつで居眠りをしていたのだけれどそれも構わず、そのままもぞもぞと寝返りを打つと背伸びをして頷く。
「そっちも風邪引かないようにね。あと、飲みすぎて喉を傷めないように気をつけなよ。」
どうしてこんなに和やかな気持ちになってしまうのだろう。
ずっと忙しくしていて疲れているはずなのに、朝早くから起こされて不機嫌なはずなのに、その悪びれのなさや子供のように喜びを全面に押し出した無邪気な声が愛しくて、そっと笑みを浮かべた。
「相変わらず手厳しいな。でも、年始めだし、久しぶりにお前の声を聞きたかったんだよ、こっちは。よかったぜ、いつも通り元気そうで。」
すると更に追い討ちをかけるようにそんな殺し文句をさらりと言ってのけるもんだから疲れも全部ふっ飛んで、酔った上での非礼は許しておいてやろうという気持ちになって、むくりと起き上がる。
そして改めて1月1日午前8時15分という置き時計の時間表示を見ながら、その悪気のない迷惑行為を受け入れるのだ。
「そうだね、元気あり余りすぎて今すぐそっちに行きたいくらいだけど、明日も仕事だから我慢するよ。そっちもさ、あんまり受かれてないで早く寝なよね。」
それを聞いて、ようやく事態に気がついたのか急にすまんすまんと改まって謝罪をする彼は、今更のごとくこちらを気遣って話を切り上げると、そのままこれ以上貴重な休みを邪魔しないようにと通話を終了した。
全くいい年してなにをそんなにはしゃいでいるのだと思いながらも天羽は、彼の今の立場を考えるとそれはわからないでもなく、なんだか感慨深い気持ちにもなる。
きっとイタリアでは今ようやく年明けを迎えたところなのだろう。
今彼とは時間軸も生活している土地も言葉も違う場所にいるのだけど、そんな時差を忘れてしまうほど再出発した彼を待っていたのはとても素晴らしい時間で、そのことを一番に伝えようと電話をしてきてくれたことは、呆れたり苛立ったりなんておこがましいほどに喜ばしいできごとだったのだ。
つい昨日の夜まで、会えないことに対する苛立ちを感じていたのも本音だった。
しかし、そんなものが全てすっかりきれいに洗い流されるほど胸をくすぐる愛しさは、1年の始まりにしてはずいぶん上出来で、テーブルに突っ伏して足をバタバタさせながらその幸せを噛み締め、誰も見ていないのにニヤニヤとする顔を隠して呟いた。
「Buon anno」
年明けから8時間後。
それは少し出遅れた挨拶だったけれど、ようやく二人の時間が同じ日付を指し示した、1年の始まりのおめでたい朝だった。
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社会人。そして遠恋。
再出発のため本場で揉まれてくる決意をした金澤さんだったりするといい。